2020年11月29日(日)礼拝式次第と説教「その日が来るまで」

2020年11月29日

日曜日の10時半からインスタグラムでのライブ配信(生中継)」をしています。
日曜日の午後からYouTube(ユーチューブ)で礼拝の録画映像が見られます。当面、ライブ配信と録画の掲載を継続いたします。それぞれ、見る方法が違いますので、お知らせ、礼拝欄の「礼拝の映像を見る方法」を参考にしてご覧ください。

主日礼拝 2020 年 11月 29日(日)午前 10 時 30 分
司式 牧師 願念 望
奏楽 内田 直美

前 奏
招 詞    マタイによる福音書24章36節 司 式 者
讃 美 歌   236-1節 〝見張りの人よ〟
交読詩編   詩編24編1-10節
祈 祷
讃 美 歌   235-1節 〝久しく待ちにし〟
聖 書    イザヤ書2章1-5節(旧約1063頁)
説 教    『その日が来るまで』 伝道師 佐藤 倫子
讃 美 歌   393-1節 〝心を一つに〟
信仰告 白  〝使徒信条〟
献 金
主の祈り
派遣の賛美  90-1節〝主よ、来たり、祝したまえ〟
祝 福
後 奏

 

説教 2020年11月29日(日)イザヤ書2章1-5節
「その日が来るまで」              伝道師 佐藤 倫子

■アドベント
いよいよ待ち望んだクリスマスまであとわずか。今日からアドベントです。最近ではアドベントカレンダーが普及してきたこともあって、アドベントという言葉は、今や世間一般でもかなり知名度の高い言葉となりました。最近では、ブランド物のチョコレートやコスメといった数万円もする高級なアドベントカレンダーもこの時期の人気商品として売られています。楽しみ方は人それぞれですが、アドベントの持つ本来の意味はまだまだ浸透していないように思います。
教会の暦はアドベントから1年が始まります。イエス・キリストの降誕を祝うクリスマスからではなく、そのクリスマスを待つ期間から新たな歩みが始まります。そこには何か大切な意味が込められているように思うのです。
キリスト教は「待つ宗教」であると言えるでしょう。何かを構築したり、達成したり、修業を積んで悟りを開いたりするのでなく、神の救いの到来をひたすら待ち望む… それがユダヤ教以来の伝統的な信仰者の姿です。何百年、何千年と待つ信仰…それは時を超え、場所を超え、世代を超えた希望に向けての世界中を巻き込んだ共同作業と言えるかもしれません。「待つ」という行為は、「未だ」それが達成されていない、という現状と、「やがて」それは達成されるという期待・見通しとの間に身を置く行為です。そしてその「待つ」という行為には、「信じる」という気持ちが不可欠です。

 

■よき知らせ
この終わりの見えない長いトンネルはイスラエルの歴史にも重なります。救いを信じて待ち望むイスラエルの人々。しかし見えないゴールを待ち続けるのは精神的にも肉体的にも大変なことです。出口を求めて道を彷徨う、そんな彼らの前に預言者イザヤが現れます。
イザヤは「おとめが身ごもって男の子を生む。その名はインマヌエルと呼ばれる。」(イザヤ7:14)と、いち早く人々にイエスの誕生を知らせます。彼の言葉こそ「よき知らせ(エウアンゲリオン)」でした。
「エウアンゲリオン」という言葉は「福音」と訳され、イエス・キリストの救いを表すものとして聖書の重要な概念です。しかし元々は違う意味でも使われていました。ペルシャとの戦いに勝利したことを伝えるため、マラトンからアテネまでを走り、「我ら勝てり」と知らせを伝えた後息絶えたというマラソン競技の語源となった出来事が有名です。「エウアンゲリオン」とは時として軍事的な事柄と関わりを持った、血なまぐさい言葉として用いられていた歴史があるのです。
今から79年前の1941年12月2日。「ニイタカヤマノボレ1208」という電報が千葉県の船橋から海軍の艦船宛に送信されました。「12月8日午前0時を期して戦闘行動を開始せよ」という意味の暗号電報で、真珠湾攻撃が開始されます。軍国主義教育の時代、その開戦の知らせを「よき知らせ」として聞いた人もいたことでしょう。しかしその後戦線は泥沼化し、やがて45年8月の「玉音放送」となるのです。

 

■「その日」が来るまで
「よき知らせ」とは一体何でしょう。誰にとっての、どのような良い知らせなのでしょう。神の示される「エウアンゲリオン」とは、どのようなものなのでしょう。
今日の聖句を思い起こしたいと思います。「彼らは剣を打ち直して鋤とし、槍を打ち直して鎌とする。国は国に向かって剣を上げず、もはや戦うことを学ことを学ばない。」(イザヤ2:4) 本当の平和が訪れる時。これが神の示される「よき知らせ」なのではないでしょうか。
1981年2月25日、当時の教皇ヨハネ・パウロ二世は、この聖書箇所を引用した「広島平和アピール」を、9カ国の言葉を使って世界中に力強く訴えかけました。この中でヨハネ・パウロ二世はこのように述べています。「我々の力をはるかに超える神の力によって勇気を持とうではありませんか。神が我々の一致を望まれていることを知って、団結しようではあリませんか。愛を持ち自己を与えることは、かなたの理想ではなく、永遠の平和、神の平和への道だということに目覚めようではありませんか。」
剣を打ち直して鋤とし、槍を打ち直して鎌とする。平和を求めるこの御言葉を体現しようとしている人がいます。祈り求める人がいます。そのような「よき知らせ」を地上に紡ぎ出す心、平和の力を、愛の力を伝えるために、救い主はこの世に来られました。いつ来るかわからない、しかし待ち望む「その日」はすぐ近くに来ています。神を見上げて、「その日」が来るまで、共に光の中を歩みましょう。

 

 

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